赤瀬川原平の名画読本—鑑賞のポイントはどこか (赤瀬川原平/光文社)

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ゴーギャンゴッホモネマネセザンヌと、印象派の絵がたくさん紹介、解説されている。赤瀬川先生は、芥川賞を取っているだけあって、文章表現がうまいなあと思う。

つねづね印象派なんてケッ!と思っているぼくではあるが、なるほどあらためて見ると見るべきところがあるのだなと考え直した次第。

では、以下本文より引用。

ゴッホやゴーギャンも変な画家である。美術史の中で、何か大したことをしたのはみんな変な画家だ。というので自分もすぐ変になりたいという画家が、とくに最近の世の中にはいるものだが、それは違う。変な人は、見かけだけならいくらでもいる。でも、大した人というのはそうはいない。逆算は必ずしも可能ではない。

この世界は球と円筒と円錐でできているというような言葉。それはたまたまセザンヌが言ったのかもしれないけれど、画家は言葉のシロートである。言葉ではあっても、論理的に整除された言葉とは違う。ある意味ではいい加減な言葉なのだ。

引用終わり。

「画家は言葉のシロートである」。まったく同感である。よく普通の人は、画家の絵の才能=文学的な詩的表現にも長けている、と勝手に思い込んでいる。なわけないだろう、という話。画家が絵を描いているときに考えていることなんて、ほんとくっだらないことばかりなのである。画家だからと言って詩人にも、小説家にもなれるわけではないのだ。(とはいえぼくにはその才能があると思っているが)。

とりあえず、現代美術館ばかりではなく、ちょっと印象派を見にひろしま美術館にでも行ってみようかと思う。ここは意外と良い作品がそろっているらしいし。