中国の故事・ことわざ (芦田孝昭/社会思想社)

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看板に偽りなし。タイトルの通り中国の故事・ことわざである。

以上。

としようかと思ったが、まあ、もう少し書く。

こういう本は星の数ほどあるが、その中でも本書はけっこうひとつひとつの故事・ことわざについて突っ込んだ解説があり、ありふれた膾炙した故事・ことわざも、そんなややこしいストーリーがあったなんだなあ、ふーん、と思った。

それくらいの感想なので、とりあえず本文より抜粋。といっても、付箋の数はなはだ少なし。

【一刻千金】

一刻は今の約15分(とする通説は、むかし一点鐘=1時間を4刻に刻んだとするところからくる)。秒キザミの宇宙時代では、15分はズイブンと長いと感じるかもしれないが、むかしはまた、2時間ごとに子・丑・寅…と名づけたほどのノンビリさ(日本も同じ)。一刻もわずかの時間と感じられたわけ。千金は、漢代(前二世紀〜後二世紀)でも黄金一升を一金とかぞえたから、キメラレヌほど高価なこと。

<身体髪膚、これを父母に受く。あえて毀傷せざるは孝の始めなり>(かみの毛や皮膚にいたるまでカラダは父母からいただいたもの。それをこわしたり傷つけたりしないようにするのが孝のスタートだ)

以上。

まじでどうでもいいが、いま自分が15分刻みで絵を描いているのは一刻であったのか〜、やはり15分というのは古来より続く意味があったのだな(たまたまだが)、とか思った。

また、ぼくが常々思っているエゴイスト親孝行論の裏づけが取れたどー、なんて思った<身体髪膚、これを父母に受く。あえて毀傷せざるは孝の始めなり>。

ほんとそうだと思うけどな。とりあえず生きてるだけで十分親孝行でしょって、素で思う。そんな存在が母の日やら誕生日やらにプレゼントのひとつでもくれたなら、それこそ親としてはそのまま成仏するくらいのもんですよ、って。

たぶん、いや、かなり、思う。生んでくれてありがとう、よりも、実際は、生まれてくれてありがとうの間違いだろ、って。

って、まだ親になったことはないが。たぶん、いや、きっと、絶対そう。

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