暮らしの中の民俗学<1>一日 (湯川洋司、波平恵美子、新谷尚紀 編集/吉川弘文館)

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まじめに説明すべきところだが、まったくもって本のタイトルの通り。

明治、大正あたりから、人々はどのように暮らしてきたのかを、出産や葬儀、飲食、ハレとケなど、各県の風俗の具体例をあげながら説明されている。とりあえず、ぼくにとってはかなりおもしろい本であった。興味深いという意味で。

くどくどと書くのがめんどうくさいので、以下引用。

あいさつの漢字、「挨拶」は柳田国男によると、禅僧が中国から輸入した漢語で、挨は押す、拶は押し返すという意味だという。〜中略〜そのような中国文化に対して、私たちの国の普通の人々の生活の中では、挨拶という漢語を使わないで、それを昔から「言葉かけ」といい続けてきた。

(6集落711全戸の悉皆調査)

食器の洗浄は毎日が52、1日ごとが23、二日ごとにが54、3〜4日ごとが約330、他の250は精進日ごとにであった。銘銘膳(個人の箱膳)を使う慣習のせいもあるが、箸や茶碗は布か紙で汚れを拭き、仏の忌日など精進に際してのみ洗うというのが、つい数十年前まで都会でも行われていた。

ハレの場において酒は必需品である。〜中略〜その酒は米を原材料とするが米をそのまま消費するよりも多くの米と時間と人手と装置とを必要とする。したがって酒を日常的に飲む行為は飲酒によって酩酊状態になるからだけではなく、日常的な消費の拡大が非難されたのである。

挿入と射精のみでも快感とできる男性の動物的レベルと、興奮と受容と一体感など複雑な快感形成の過程をもつ女性のいわば人間的なレベルとの差異が、性行為の意味の多様性、複雑性を歴史的にも現出させている。

「目にめがね 口に入歯はあるものを まらに添え木の できぬ悲しさ」

引用終わり。

まら=陰茎であるが、こういう歌はほんとう気が利いてるよなあと思う。こういうセンス、テレビでいうところの笑点的な、ゲラゲラではなく、くすくすという感じの知的な笑い。とても好きだなあと思ふ。

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