賭博と掏摸の研究 (尾佐竹 猛 (著), 加太 こうじ 藤田 幸男/‎ 新泉社)

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漢文にも等しい古語で書かれていて、非常に読みにくい部分が多々あるが、それでも興味深い小話が山と出てくる。

スリとギャンブルのしきたりや手口、悲喜こもごも、誰も大真面目に記録になど残そうとは思わないものであって、そうであればこそ一層本書の価値がある。

学問のススメ同様、現代語訳版でも出せば、再び注目されるに違いない。

飲む、打つ、買うとこの三つ並べた言葉が、すなわちかようの言葉が、他の国にあるかどうかということを調べて見ましたが、どうも他国にはかような言葉は無いらしいのであります。酒と女を戒めるのはどこの国にもありますが、この内の二つと相並んで賭博をもって道楽の原因としているのは、実際においてはわが国より外にはかような言葉は見当らぬのであります。ヨーロッパにおいては御承知の通り今日にいたるまでも、この賭博については余り厳格なる制裁は無いのであります。支那はもとより同様であります。

穴熊のことを一寸述べますと、これは縁の下から寝ておって突っころがすやつである。これはずっと昔からあります。国定忠次の講釈などにあります。上州あたりで古くから行われておる、縁の下を切り抜き畳を切り抜き、それから上は一枚の白布だけになるのであります。そうして二寸四方位切り抜いて、下の方から覗くだけの装置をして置かなければならぬ。丁度二階ならば天井上に仰向きになっておって、さうして針を持っておるので、昔は蠟燭の光で見たのである。所が蝋燭だと壷笊(つぼさる)へ油煙がつく。しかし茶碗を代用したときは油煙がついても煙草の煙で除ける。それで昔からよく誰でもいうのであるが、博徒は太い煙管でもって煙草を吸うておる。あれは人を殴ぐるに便利のために持っておるというが、彼でもってパッパと煙草の煙を吐くと、すぐに油煙が取れてしまうからで、それで沢山に煙草を飲んでおる。

放浪生活という事はすべての罪悪の根元でありますが、掏摸はこれを助長するに最も都合がよい。放浪生活という事は青春の浪費であって、その事自身が既に愉快である。悪魔的快感と青春の浪費、しかして財慾、この三者の包含した少年獨模の心理はまた別である。かって或る掏摸の捕った時の述懐に日く「自分が盛んに掏った時は明日の日が明けるのが待ち遠であった、今度はどの手で盗ってやろうかと楽しんでおった」といった。これは堕落した婦女からも同様な話を聞く事があり、共通の心理である。私が或る時或る処で話したのですか、かつてナポレオンがセントヘレナにおる時「陛下が最も得意の時は何時でありましたか、皇帝となって戴冠式に臨まれた時でありましたか、ロシアに進軍した時でありましたか」と聞いた時に、ナポレオン一世の答に「イタリアを征伐に行った時に、毎日明日は如何なる戦略を用いて進軍しようかという事を考えた時は、全地球が脚下に在る心地して夜も眠られず、一番快楽な時であった」といったという。

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