天才 (宮城 音弥/岩波書店 )

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ゴッホから夏目漱石に至るまで、豊富な人物の実像を足がかりに、天才とはなにか? を解き明かしてくれる本。

とはいえ、完全に解き明かせるはずもなく、また、古今東西の天才と呼ばれる人々への興味というよりは、ああ、天才ってこういうものなのか、確かに。え?分裂気質?偏執的?あ、当てはまる……。もしかしておれは天才では?なんていう、血液型あるあるみたいな感じで読み進めてしまったのが正直なところである。

わたしは天才だ。と思いたい。思い込みたい。そして願わくば世間一般にひろくわたしの天才を知らしめたい。この種の妄想は、きっと死ぬまで消えないのだろう。

以下本書より引用。

名誉は自我肥大のコロンブスの熱望したものであったらしく、最初に大西洋の航海に出発したときの航海日誌にも「自分が」と第一人称で書いているうちに「提督は」と自分を第三人称で語り始める。

精神的エネルギーというのは、見たり聞いたりできるものではないし、非科学的だという者(ブロンデル、アイゼンクなど)もある。しかし、異常性欲において、異性にむけられるべき性欲が同性にむけられたとき、異性にむけられていた一定のエネルギーが同性にむけられたと説明できないわけではない。物理学のばあいと同様、エネルギー不滅の法則に支配されていてエネルギーがいろいろな形に変化すると考えられないこともない。

エドガー・アラン・ポーのディプソマニー(渇酒症、すなわち周期的に酒を痛飲する衝動をもつ傾向)については自伝にみられるが、友人は彼が酒の味を味わおうとはしなかったこと、ラムのコップを唇につけず、水も砂糖も入れず、ぐっと飲みこんだこと、飲んでも楽しんでいる様子はなかったことを述べている。

引用終わり。

なにはともあれ、天才とは結果論であろうと思う。時代もあろうしタイミングもあるだろう。人との出会い、健康状態、寿命もおおいに関係がある。

それでも、天才と呼ばれる種類の人に感じてしまう、抑えがたい羨望。渇望。

天才とは何か、何を持って天才か、そもそも天才はありえるのか。天才への興味は尽きない。

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