近代絵画史—ゴヤからモンドリアンまで (上) (高階 秀爾/中央公論新社)

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上・下とセットなので、これを一冊と言っていいかどうか疑問だが、しかし!これは小説ではないし、しかも新書一冊分の分量はしっかりあるということで自分を甘やかしました。

とりあえず、満足の一冊ではある。

以下、本書より引用。

1857年、ボードレールの『悪の華』とフローベールの『ヴォヴァリー婦人』が「風紀紊乱」の罪で告発されたという事実~中略~マネの「草上の昼食」と「オランピア」(ともに、パリ、印象派美術館[ルーブル美術館附属]蔵)が、あれほどまで大きなスキャンダルを惹き起こしたのも、このような芸術的、社会的背景があったからなのである。

批評家ルイ・ルロワの「印象派の展覧会」と題する長文の批評が掲載された。~中略~モネの名作「キャピシーヌ大通り」の前で、ふたりは次のような対話を交わす。「ははあ」、とヴァンサン氏はメフィストのように嘲笑した。
「こいつはなかなかよく出来てるじゃないか……。これがその、印象とかいう奴だな。~中略~あの画面の下のほうにたくさん見える黒いぽちぽちはいったい何を表しているのか、教えてくれんかね」「ありゃあ、街を歩いている人々ですよ」と私は答えた。
「何だって。とするとわしがキャピシーヌ大通りを歩いていると、あんなふうに見えるとでも言うのかね……。何という馬鹿なことを!あんたはわしをからかっているんじゃろう」~中略~
かつてはマネただひとりが攻撃の対象であったのに、今度はグループ全体が嘲罵の的となった。
このことは、歴史を動かす新しい芸術の流れが社会の一般的趣味からしだいに分離していくという「近代」の宿命を象徴的に示すものと言える。

引用終わり。

「歴史を動かす新しい芸術の流れが社会の一般的趣味からしだいに分離していくという「近代」の宿命を象徴的に示す」

まさにこれが現代につらなっているというわけだ。

あんたたちのやっていることはわけがわからない。それが近代、そして現代のアートの宿命だということだ。

わからなくておおいに結構。

さて、今夜はあと4冊更新します。読書だけは倦まず弛まず努めております。