人間の絆〈上・中・下〉 (モーム/岩波書店)

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合計1200ページくらいある、これでもかという長編。最初、その想像を超えた長さにくじけかけたが、やはりどうして、すぐれた文学というのは読ませる力があるのだろうか。

それほど苦もなく読みきった。そして、実に学ぶところが多く、すばらしい本だと思う。というか、主人公のケアリの境遇というか思考が、どうも自分と似ているような気がする。

どうにもこうにも屈折している。意味と理想とを探し求めて、見つけられずにいる。

それはともかくこの主人公が生き、考え抜いた先に見出した結論は、「生は無意味、死も無意味」というニヒリズムともとれる思想であった。しかし、単なる虚無、だけじゃない。

下記引用。

金を軽蔑する人間を、私はおろかだと思う。そんなのは偽善者か馬鹿者だ。金銭というのは、第六感みたいなもので、それがなければ、他の五感もうまく働かない。そこそこの収入がなければ、人生の半分の可能性とは縁が切れる。

自分の凡才を、もう手遅れになってから発見するほど残酷なことはない。発見して機嫌が悪くなるのも無理ないだろう?

未来のことなど考えないわ。三週間分の部屋代に足りるお金と、食費として1、2ポンドあれば、くよくよしないわ。現在のことだけでなく、未来のことまで心配するとしたら、人生は生きるに値しなくなってしまうでしょうね。

読書は楽しいし、ぼくの習慣になっているからね。本を読まないと、ちょうどたばこを吸わないのと同じように気分が悪くなるのだ。それに、読書は自分自身を知るためでもある。ぼくが本を読むときは、ただ字面を目で追っているだけのような気もするけれど、時どき、ぼく自身にとって意味のある一節あるいは句に出会うことがあるんだ。そういう場合、一冊の本から自分に役立つものを貰ってしまった以上、同じ本を10回読んだって、もう学ぶものはないのだ。

あの女が非情で、性悪で、愚鈍で、貪欲でも構わない。愛しているのだから。一方の女と幸せになるより、もう一方の女とみじめになるほうがいいのだ。

別れるとなれば、人を悲しませずに済むものか。いやでも歯を食いしばって、頑張るしかない。それに、苦しみなんてそう長くは続かんよ

しかし、全体の印象は、喜劇でも悲劇でもない。どう描写したらよいか分からない。涙もあれば、笑いもあり、幸せもあれば、悲哀もある、というように、いろいろな人間、人生の多面性が次々と繰り広げられる。退屈とも、面白いとも、平凡とも言えよう。騒がしく、激烈で、深刻で、悲壮で、また滑稽でもある。単純でもあり、複雑でもある。歓喜も絶望もある。子供に対する母の愛もあれば、女への男の愛もある。情欲が重い足を引きずって部屋を通りぬけてゆくと、罪のある者、罪のない者、よるべのない妻、みじめな子供もすべて罰せられてしまう。酒が男も女もとらえ、不可避の代償を払わせる。死がこの部屋で溜息をつく。生命の誕生が、哀れな娘の心を恐怖と恥辱で満たしつつ、ここで診断が下される。善も悪もない。あるものは、生の事実である。それが人生だ。

東方の王様の話を思い出した。彼は、人間の歴史を知ろうと願って、ある賢者から五百巻の書を与えられた。国事に忙しいので、彼は、もっと要約して来るようにと命じたのである。二十年後に、同じ賢者はまたやって来た。歴史は、五十巻になっていた。だが、王は、すでに老齢で、とうていそんな浩瀚(こうかん)な書物を、たくさん読む時間はないので、ふたたびそれを、要約するように命じた。また二十年が過ぎた。

そして今では、彼自身も老い、白髪になった賢者は、今度こそ国王所望の知識を、わずか一巻に盛った書物にして持参した。だが、その時、王はすでに、死の床に横たわっており、今はその一巻をすら読む時間がなかった。結局、賢者は、人間の歴史を、わずか一行にして申し上げた。

こうだった。人は、生れ、苦しみ、そして死ぬ、と。人生の意味など、そんなものは、なにもない。そして人間の一生もまた、なんの役にも立たないのだ。彼が、生まれて来ようと、来なかろうと、生きていようとも、死んでしまおうと、そんなことは、一切なんの影響もない。生も無意味、死もまた無意味なのだ。

引用終わり。

まだまだ引用したい箇所はあるが、興味を持たれた向きはぜひご一読いただきたい、といっても、サラッと一読できるような分量ではないので、心してお読みくださいますよう。

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