人身売買 (牧英正/岩波書店)

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タイトルそのものずばりである。これほどインパクトのある単語もなかなかないだろう。本の内容も確かめずに即買いであった。

黒人奴隷などは言わずもがな、古来より人間はなんだかんだと人身売買を繰り返してきた。しかしまた、それと同じ数だけ、人身売買を禁止してもきた。

その妙は、本書の最終章にある、下記の一文に集約されている気がする。

“往古以来、各時期の権力は人身の売買禁止をくりかえしたけれども、こうしてみてくれば、それらが人道主義的な関心に由来するものではなく、ましてや毛頭人権の思想にもとづくものではなかったことが理解されるであろう。すなわち人身売買に関する法は、その支配体制の確立や治安の維持に関する限りにおいて立法されたのである。”

また、あらためて今現在、人身売買の是非を考えるにあたっては、下記がその参考になるだろう。

“関西のある旧遊郭でむかしの証文や契約書類をみせてもらっていたとき、女将が「自分達は一家心中でもする以外に道のない人にお金を渡し、娘に人なみの生活をさせてやったのだから、人助けをしたと思っている」と語ったのが印象に残っている。”

人身売買とは実は古くて新しい問題ではないだろうか、などと言えば言い過ぎだろうか。

以下、本書より気ままに抜粋。

ローマの奴隷が、法律上「物」としての性質を貫徹された〜中略〜しかし、他方では奴婢は相続や売買の客体となり、奴婢は畜産財物と同じと書かれることがあり、奴婢を略(誘拐)あるいは和誘(合意の上での誘拐)することは刑法上強盗・窃盗を以て論じられた。〜中略〜奴婢の法的性質を「半人半物」とする説があり、同様の規定をもつ唐の奴婢についても適用されている。

(人身売買の契約書類の)署名にかわる三つの点は、画指(かくし)といって、右手指を紙にあてて指の関節の位置に印をつけたものである。文字を書けない者は画指を以て署名にあてた。

(人身売買の契約書類の内容について)「てんかう・三ひやく七十五日」の語である。これは中世の人身売買文書に用いられた瑕疵担保文言で、売買の目的物にこのようなかくれた欠陥があるときには七十五日以内であれば解除し得るという約定である。「てんかう」とは癲狂であり、「三ひやう」は三病であるライ病をいう。

※癲狂(てんきょう):気がくるうこと。ものぐるい。狂気。

※癩病(ライ病):ハンセン病。皮膚に重度の病変が生じることがあるため古来より差別の対象となってきた。(wikipedia参照)

安永四(1775)年に来日したツンベルクは「どんなに小さい村でも大きな都会にでも、公開の遊女屋がある」と思ったくらいである。

身を売った娘の孝行を題材にした句を西原柳雨氏の「川柳吉原志」からいくつかひろってみよう。

・孝行さ薬の鍋に身を投げる

・客ものぼせる人参のせんじがら

・孝行をすすめた男女衒なり

・孝行なわれはものだとぜげんいひ

・考不幸二つならべる塗枕

・お年貢は怖いものだと禿(かむろ)いひ

・水牢は出たが娘の身は沈み

・水損の畦を踏み分け女衒来る

・つづれから絹布へ移る孝行さ

このような娘を抱える遊女屋の主はいやしめられはした。遊女屋の主人を亡八と呼ぶ。亡八とは仁義礼智忠信孝悌(あるいは礼義廉直孝悌忠信ともいう)の八つの徳目を失った者の意味であり、このうち一つがあってもこの業態はかなわぬものとされた。

※悌(てい):年長者に柔順に仕えること。また、兄弟や長幼の間の情が厚いこと。(goo辞書より)

(芸娼妓解放令(げいしょうぎかいほうれい)明治政府が1872年に発した遊女の人身売買の規制などを目的とした法令について)解放した芸娼妓に対する債権の無効をいうために芸娼妓は人間としての権利を売った者であるから牛馬に等しく、牛馬から物の返済を求める道理がない、とはまことに乱暴な議論ではあった。奇矯な論法はさすがに耳目をそばだたせ、この解放令は俗に「牛馬きりほどき」と称されたのである。

以上。

それにしても、昔の人の造語能力にはほんとうに頭が下がる。「亡八」など、とてもじゃないが思いつけない侮蔑語である。「牛馬きりほどき」にしても、その語感の勢いがすごい。

月並みなことをいえば、昔の人は賢かったのだろうか。情報量ではなく、現実や理想、道徳、倫理。生活からにじみ出る、机上の空論ではない肉体的な思考でものごとを真剣に考えていたからこそ生み出された言葉なのかもしれない。

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