ギリシア悲劇入門 (中村善也/岩波書店)

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いやね、こういう神話というか劇というか、ともかくは古典的なジャンルには興味があるから買ったんだけどね(古本屋で100円)、すっげーつまんねーの。退屈なの。わたしのおつむの問題かもしんないけどね、何をどう興味深く思えばいいのかがわかんないの。つまらん!

奇跡のドッグイヤーはゼロ、ではなくたった一つです。しかもほとんど無理やり。

以下本書より引用。

人間は、自分で自分の心をのぞきみることができ、自分と対話することもできるが、しかし、あらゆる人間の思量や、自己意識ではどうにもならないのが、愛の方向にむかうにせよ、憎しみの方向にむかうにせよ、人間のパッションというものであると、作者はメディアの口を通して言っている〜中略〜エウリピデスが人間を「愛憎」の中でとらえようとすることが多かったのは、この認識によっていると考えられる。

引用終わり

パッション=情念, 感情, 激情, 熱情, 愛情, 恋慕, 色情, 情欲, 欲情, 恋愛, 情交などなどだが、どうもパッションと聞くと高校くらいのときに見たエロマンガの一コマをいまだに思い出してしまう。「お、おれのパッションが……」とかいって精液が飛んで女の子の顔にかかってるの。いわゆる顔射ですね。

そのついでに思い出したが、大学のときにバイトしてたドラッグストアの店長が、一回でいいから妻の顔にオシッコかけたいって真剣に言ってたなあ。

唾棄すべきという言葉や、侮蔑侮辱として顔につばを吐きかけるという行為もあるが、とにかくは顔射というのは、男の征服欲のひとつの変化形なのでしょう、とかなんとかもっともらしいことを言って本日の締めくくりとしたい。おやすみなさいませ。

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