想像力なき日本 (村上隆/角川書店)

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アートに関係、もしくは興味の無い人が読んでもたいして得るところはないのでは、ということでおすすめ度は低め。

というか、そもそも一般ピーポーに薦めて理解を深めてもらう必要もない。だって、村上隆が(一応ぼくも)目指すコンテンポラリーアートというジャンルは大衆芸術ではなく、上位階級芸術であって、庶民に理解されなくてもなんの問題もない。

たぶん、今後百年二百年経っても日本の一般人は芸術を「感性で見るもの」と思い続けているだろうから、なおさらで、もはや放っておくしかない。

ぼく自身まだまだ理解できているとは言い難いが、ほんとうに、現代アートというジャンルには厳然たるルールがあるのだと思う。たとえば野球だってルールがあるから観客はそれを見て興奮したり悔しがったりできるのであって、ルールを知らなかったらなにを棒切れで球ころをひっぱたいてわーわー騒いでいるのだろうとしか思えないのは当たり前のことだろう。

以下本書より引用。

芸術には「大衆芸術」と「純粋芸術」があり、現代美術は純粋芸術に属します。その意味もよく考えてみるべきです。純粋芸術といえば、ヒエラルキーの上位に位置するジャンルのようにも感じられるかもしれませんが、まったく違います。わかりやすく単純化していえば、顧客が大金持ちだということです。その部分が日本のアーティスト志向の人たちの意識からは決定的に欠落しています。現代美術が純粋芸術である以上、客は大衆ではないのです。

絵を描き続けるということは、ものすごい忍耐力と体力を要する作業です。こういう作品をつくりたいというインスピレーションが湧いたあと、それを形にしていく作業は膨大な単純作業です。描いている途中で、この絵を仕上げていくことはそういう労働に値しないのではないかという疑問を持ってしまえば、とてもその先は続けられません。

ニコ動のユーザーにはやはりニートの人も結構多いんです。〜中略〜そういう人たちがつくって発信しているものが世界中から注目されていて、世界中に日本のサブカルチャーファンを増やしているという動きがあるわけです。つまり日本のGDP(国内総生産)には貢献していない人たちも、ニコ動を使った文化活動によって日本の文化を宣伝してくれていることになるわけですね。

〜中略〜正論好きな人たちは「資本は嫌いだ」「金は汚い」「自分たちの活動は自由なんだ」といったことを口にしがちですよね。また、クリエイターの世界では、三十代半ばくらいでやめていく人も多くて、そういう人たちは「自分の家族を守るために」というように、また別の正論を口にします。ものづくりを続けていく中で、そうした感覚でいることには疑問が持たれますよね。

引用終わり。

作品を思いついたら、あとは膨大な単純作業、ってのはほんとうにそう。あたり前だが、この感覚は絵というか作品を作ってる人じゃなければ絶対にわからない感覚だろう。なんといってもほぼ例外なく、ものづくりをしたことがない人は「絵を描いているときは何を考えてるの?」と、神秘的な期待を持って尋ねてくるのだ。

ほんとバカ。びっくりするくらいなんにも考えてねーよ。

だからこそ、ぼくは絵を描いているときに、人が居ても、人に話しかけれても全然平気なのだ。だって、単純作業をしているときに——たとえば大量のチラシを半分に折り続けるとか、パン工場でスポンジの上に延々とバナナを置くとか——人と会話できないほど頭を使っていますかという話。手は動かしてても頭は完全に暇です。

まあ、とにかくは、この本を読んでほんとうによかった。まだ間に合う。環境と、若さと、時間と、いまならまだ十分にある。もう一度がんばりたい。