パンツが見える。—羞恥心の現代史 (井上 章一/朝日新聞社)

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Twitterで流れてきてamazonでお買い上げ。パンツが見える、というタイトルは一見低俗だが、その後に羞恥心の現代史 とつくと、一気に高尚感がただよう。人間なんて馬鹿ばかしいものである。

いつから女性はパンツをはき始めたのか。パンツを見られるのはいったい何故恥ずかしいのか。パンツが見えたらうれしいのはなぜか。

途中からきっとパンツの話じゃなくなって脱線するんだろうな思って読み進めたが、なんと最後の最後までパンツ一色である。こんなテーマで、パンツパンツパンツで一冊書ききってしまった著者にはある種の尊敬の念を禁じえない。

はい、以下本文より引用。

明治末期には東京でも往来で立小便をしている女性はいくらもいた。農村出身の人は都会に出ても、身についた癖は仕方のないもので……こんな現象はだんだん減っては来たが大正になっても、行われていた。〜中略〜車寅次郎は、そのタンカでいつもこう言っていたのである。「……粋な姉ちゃん立ちションベン……」〜中略〜寅さんの口上も、たんなる言葉あそびの産物ではなかったことを、強調しておきたい。

画家の山下清が、山村にすむそんな「おばさん」のことを、日記に書いている。「朝になって おきて歯をみがいている時 おばさんがぞうきんがけをしていて その時おばさんのひざとひざの間から腰巻きが見えて 腰巻きからおまんこが見えていたので おまんこはめったに見られないから珍しいので おまんこを少し見ていたら おばさんがおまんこをかくしてしまった……」

百貨店には、パンツをはかない女たちが、連日おおぜいつめかけた。そのおかげで、各階の床には、毎日、大量の陰毛がちらばっていたらしい。〜中略〜女がパンツをはかない時代でも、男はフンドシで下腹部をしめていた。〜中略〜陰毛の大半が、女のそれだと認識されていたのは、そのためである。

色とりどりで、意匠も多様にほどこされたパンティを、数十枚所有する。今日ではあたりまえとなったそんな衣生活も、起源はホステスたちのそれにある。水商売や売春地帯から、一般へと広がっていった生活習慣にほかならない、と。

引用終わり。

昔の人はパンツをはいていなかった。だから、転んだりしたら陰部が丸見えであった。それが、パンツをはくようになって、陰部を見られることは無くなった。そのため、パンツをはくという習慣が始まった初期のころ、男たちはパンツを見ても喜ばなかったし、女たちも恥ずかしがらなかった。パンツをはいているから陰部は見られない、という理屈である。

しかし、徐々にパンツを見られることは恥ずかしいこととなり、男たちはパンツを喜ぶようになっていった。

何にたいして性的興奮を覚えるのかは、決して生まれつきの本能ではないということは明らかである。たしかに、街中で平気で授乳していた時代さえあったのだ。

時代は移り変わり、性も移り変わる。絶対などないのだなと、あらためて思う。というような真面目な良書であった。

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