誰も知らない「名画の見方」 ( 高階 秀爾/小学館)

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アート関係の本はたくさん読んでいる。読んでいるけれど、毎回思うのは「?」である。つくづよくわからないと思う。知れば知るほどよくわからないと思う。

たとえばサイ・トゥオンブリーのどこがいいの?って聞かれても、ぼくにはよくわからない。なんかいいじゃん、くらいしか言えない。いまだによくわからない。全然、わからない。が、しかし、現代美術を見て一般人が言う感想のベスト3には必ず入るであろう「これだったら自分でも描ける」絵の代表はサイ・トゥオンブリーだと思う、いや、最近ふと思っただけ。

10年以上前に、父と美術館に言った。白髪一雄の作品が展示してあった。三人組くらいのおばちゃんが、それを見て、言った。

「こりゃあまた、大きなハケで描いたんじゃろうねえ」

馬鹿。足で描いてんだよ。馬鹿。

物理的に考えても、ハケでああはならないだろう。それこそ、知識以前に、絵を描いたことがないからこその感想だろうし、いやいや、思いっきり足跡が隅っこにあるじゃんと思った。よく見ろよババア。

帰りに車の中で、父にこのことを誇らしげに、というか単に知ったげに話したのを、妙によく覚えている。「あれ、足で描いとるけえね。知らんのんよ」とかなんとか。ぼくは高校生だった、たぶん。

以下引用。

科学者レオナルドは、デッサンを描くうちに、水がさまざまな変化を遂げることに気づいた。そして、日常にありふれている水の流れを下降、衝撃、破壊、循環など、細かく67種類にも分類し、優れた描写力をもって、膨大な数のデッサンを残している。

(ゴッホのミレーの模写について)

模写であるにもかかわらず、両者の作品がこれほどまでに異なるのはなぜか。それはゴッホが、ミレーの原画ではなく、自分が持っていた(原画に基づく)版画を模写していたからである。当時、広く流通していた版画を見ると、たしかに左右が反転している。なによりも、版画はモノクロで彩色されていなかった。これが、色彩に決定的な違いが生まれた理由である。

引用終わり。

この本は現代アートではなく、評価の定まった古典をメインとしているが、それでも、美術解説的な本の中ではそうとうにわかりやすいし、ふつうに興味深く読める稀有な本だと思う。

印象派展などにデートに行こうとしている頭の悪いセンスのかけらもない御仁は一読のうえ浅いうんちくを垂れてお寒く振られてはいかがだろうか。