絵画の二十世紀  マチスからジャコメッティまで (前田英樹/NHK出版)

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はい、ただいまより3冊ほど更新いたします。この記事を更新直後に読んだあなた、早く寝なさい。悪いことは言わない。いつまでも若くありたいなら、すぐに寝なさい。

最近はもっぱらアート系の本ばかり。興味ない人はすいませんが、どっか行ってください。こんな駄文を読む暇があったらな、小便して寝ろ!

さて、本書であるが、美術について学ぶというよりも、多分に文学的である。もしくは詩的である。

著者のアートに対する思い入れがそうさせるのだろう。まるで恋文のような。しかし、読んでいて不快にはならないし、首肯させられるところも多数。

以下本書より引用。

サーラ・スタインという絵の教え子にマチスは言ったそうである。人がメロンのことを話すとき、「こんな大きいメロンがあってね!」と空間に両腕で丸い線を描いてみせる。そこに二つの線が、同時に現れる。それらの線が囲む丸い空間が、話している人の前に現れる。それがデッサンだ。一本の腕を使って、そんなふうにデッサンせよ、と。

写真について、ピカソは写真家ブラッサイに次のように言っている。

あなたが写真で表現するものを見れば、もはや絵画の関心事ではあり得ないすべてがわかる……。レンズのおかげで、かくも見事に定着させることのできるものをやり直すことに、どうして芸術家がしがみつくだろう。それは、馬鹿げたことじゃないか。写真は、絵画を文学や逸話や主題さえからも解放するために、ちょうどいい時にやて来てくれたんだ。いずれにせよ、それ以後、主題のある面は写真の領域に属している……。画家たちは、せっかく取り戻した自分たちの自由を、何かほかのことをするために利用しない手はないだろう。

ある点から見れば、自動車は馬車の模写だろう。けれども、それは、たとえば彫刻が馬をモデルにするやり方とまったく異なった模写になっている。

引用終わり。

引用には入っていないが、肖像画というか、人物画の中で相当上位にくるのはジャコメッティだ。これほどかっこいい絵を描くやつはそうそう居ない。フロイドもいいが、ジャコメッティのほうが、うおおおおおお、という興奮がある。日本人なら平野遼か鴨居令あたりを押したい。

もちろん、現代でいい作家もいるのだが、なんか、現代の作家はそれぞれが「ひとネタ」持ってやってる感じがして、人物画どうこうという文脈では語れない気がする。

昨今では当たり前の、不自然なほどの、こっけいなほどの”個性”も”独創性”も”革新性”も意識せず、がりがり描いたその果ての絵、ってなると、やはり近代がよいのではなかろうか。