サルが人間になるにあたっての労働の役割—原典解説 マルクス=レーニン主義入門叢書 (伊藤 嘉昭/青木書店)

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引越しのときに本棚の奥から出てきて、読んでなかったなー、と思って読み始めたが間もなく絶対すでに読んでいると気づいたのだが、しかしいまさらやめることはできぬと思って読みぬいた本。

全部は覚えていないが、だいたいは覚えているので、ああ、こんな感じだったとしかいいようがない。本書で一番おもしろいなと思ったところは、やはり以前読んだときとかわらず「人間は肉食を始めたからこそ人間足りえた」ということ。

牛やヤギなど、草食動物はなぜに一日中もぐもぐしているのか? それはいわゆる野菜は完全に低カロリーであり、それで生体を維持するには”一日中食べ続けざるを得ない”のである。

まあ、それはさておき、本書より引用。

(ダーウィンの言)

『種の起源』を発表する20年もまえに、動物と人間とは「共通の祖先から出たものであり」とノートにしるし、また、「サルがヒトをつくり、ヒトが天使をつくったのである」

言語なしに思考(思惟)はないのです。「どんな思想が人間の頭脳のうちに発生しようと、それは言語という素材にもとづいて、はじめて発生し存在する。言語という素材から自由な……観念論者だけが……言語なしの思惟を、うんぬんできるのである。」とスターリンは、かれの晩年の論文『言語学の若干の問題について』のなかでのべています。

以上。

引用した箇所だが、そうなんだよなあと思う。人間が神を作りだしたに違いないのだと、宗教にあこがれながらも何ものも信じることのできないぼくは、思う。

また、言語を得たからこそ、思考というものが成立した。

それもまた、至極納得するところである。

言語。その一番の機能は、名前であると思う。たとえばリンゴ、たとえば空、たとえば宇宙。一切に名前をつけ、名前をつけることによってはじめてそれを”モノ”として扱うことが可能になる。

たとえばリンゴを、あの赤い実の、と説明することも可能であるが、しかしそれは、たちまち、赤いとは? 実とは? ということになり、つまり言語の自己言及の不可能性に陥るのである。その最たるものは辞書をたどるという行為の中に現れる。

たとえば「岩石」とは何かを辞書で調べ続けると、絶対に壁にぶち当たる。砂の硬く固まったものだとなんとかいっても、では砂とは? 砂は土の細かいもの、では土とは? 砂よりも荒いもの……。

説明が不可能な領域に絶対に陥るのである。

言語こそ、人間の原始である、とぼくは思う。

って、めんどくさいことを一生懸命書いてしまった。

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