これがアメリカの現代アートだ (佐々木健二郎/里文出版)

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こんばんは皆様。いかがお過ごしでしょうか。わたしは今日は休肝日とし、一滴もお酒を飲んでおりません、偉いです。

ただいまより4冊分更新します。記録するのはいいのですが、溜まるとさすがにだるいです。でもがんばります。

さて、この本のタイトル、ネーミングセンスとしてどうなのかと思いますが、ある意味いさぎよくていいです。この著者は一応画家らしいのだが、作品は二紀か二科みたいな感じで超微妙。残念ながらあなたの作品は歴史に残らないだろうなあと思ってしまうが、しかし、この人の文章は非常にいい。

明快な分析、平易な表現、誠実な物言い。非常にわかりやすく納得がいく。人には向き不向きというものがあるが、この人はもう文筆業に専念したほうがいい。

以下、本書より引用。

(ダダについて)

この世の終わりを思い起こさせる大戦は彼らを反権力、反伝統、反芸術を標榜させ既成社会の否定へと向かわせた。その虚無的思想が無意味な言葉、無力な赤ん坊の声に共通するものがあり、打ってつけの命名として、歴史に残ることになったのである。

本来、芸術作品の質(傑作、名作)はサイズには関係ないハズである。ところが抽象表現主義になると、物理的大きさイコール傑作(質)の条件になった〜中略〜現実の事象に拘束されない世界を追求する抽象美術ではあっても、キャンバスや木、石などの限られた空間という物理的制限の中で制作する。それを乗り越える無限の広がりを、よりはっきりと得る目安としての大きさと考えられる。

(ジャスパー・ジョーンズの作品について)

安保騒動の余韻が残る中で、国旗をモチーフにした作品、それを芸術と認める国アメリカに驚いたのであった。もし日本で凸凹の表面に日の丸を描いた作品を発表でもしようものなら、どこからともなく右翼が現れ、作品を壊されるか、作者がいたら殴られるか、刺されるか、ただでは済まないと思ったからであった。

(バスキアについて)

落書きにアートを見出し、それを逃さず商売に結びつけ、若者をスターダムに押し上げる画商の存在するアメリカ画壇の飽くなき貪欲さ、エネルギーに感心させられる。赤い富士山で今だに商売する日本の画商と比較するとき、前衛が生まれる事情が理解できるであろう。

ナルシシズムについて、故澁澤龍彦氏はこんな風に言っている。「女は、隠れた自己のセクシュアリティーに対して、完全に意識的であることはむずかしいと言わねばならない。女性特有のほとんど無意識的ナルシシズムも、ここから生ずるだろう」と。

(実物大の消防車を作ったチャールズ・レイの作品について)

キュレーターのリサ・フィリップスは「レイの目的は伝統と前衛、抽象と具象、精神と肉体、現実と幻影といった区別を無意味なものとして、その二元性を破壊するところにある」と言っている。理屈としてはそんなものかと思えるが、むしろ素直に、玩具や模型もここまで巨大にするとアートになるのかと受け止めたほうが自然であろう。

引用終わり。

最後の引用「むしろ素直に、玩具や模型もここまで巨大にするとアートになるのかと受け止めたほうが自然」というのは、この著者の文筆感覚の真骨頂だろうと思う。バッサリ感がすばらしい。

それはともかく、たいていの本は読んだら捨てるのだが(駅のゴミ箱に新聞のごとくばっさり捨てたりする。)アート関係の本は一応保管しているわたしである。アートだけは大事なんですよ。