「道徳」という土なくして「経済」の花は咲かず (日下公人/祥伝社)

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著者が言いたいことはひとつのような気がする。

日本の道徳は素晴らしい。だけど世界はそうじゃない。道徳レベルの低い世界と渡り合っていくには核武装が必要だ。

もっと言うと、日本は道徳レベルが高く、それに基づく終身雇用などの経済システムで発展してきた。しかし世界はそうではない。こちらがいくら知的なやりとりを望んでも、あちらのレベルが低ければそもそも話にならない。日本が確固たる発言権や実行力をもつには、原爆をはじめとする軍事増強が必要なのである。

まあ最近の中韓を見ていれば、納得は納得ではある。

以下、興味深かった箇所をピックアップ。

アメリカは建国以来200年で200回の戦争をしている軍事国家である。あるジャーナリストによると、アメリカの憲法では、上院が宣戦布告をしたのち軍隊が出動することになっているが、この手続きに則って戦争が始まったのはわずか四回しかないという。残りはすべて「大統領命令による出動」である。

貧しいことを納得させるのは宗教の役目だった。ヒンズー教には「来世は逆転するから我慢しろ」という教えがあるし、プロテスタントは「ちゃんと働けば、神の心にかなって金持ちになれる(貧しいのはちゃんと働いていないからだ)」と説いた。アメリカはプロテスタントの国で「しっかり働けばいくらでも金持ちになれる。ここは自由の国だから思う存分働ける」と、アメリカンドリームを宣伝してきた。その通りであれば問題ないが、この20年間は貧富の差が開いた。中流と下流は働いても報われない。敗戦国の日本人より貧しくなったとは納得できない。そういう貧富の差を解消したり説明するために、人類は何千年間も苦労してきたというのに、最近のアメリカは「市場原理で競争して負けたら諦めろ」と言い出した。ブッシュの「神の命令」スピーチは、近代国家の条件を危うくするのみならず、キリスト教以外の宗教を信じる貧しい人を切り捨てる無慈悲な発言だったと言える。

長々と書いてしまったが、やはり一番大きいのは日本には一神教がなかったことが大きいのではないか。

あなたはあなた、わたしはわたし、でもまあ仲良くしましょうという、日本人にとっては当たり前の感覚を許さないのがキリストやアッラーである。

世界も八百万の神でやれとは言わないが、しかし、他の神を認める努力は必須だろう。認めないなら今後も争い続けるしかない。

ねがわくば、もう一度キリストやアッラーが復活して、やっぱいりろんな神がいるから、好きな神様を信じなさい、とりあえず神はひとつじゃないからねと、ちょっと聖書やコーランに書き加えてくれればいいのだが。

記事カテゴリー: 読書