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一読して、デザイナーと呼ばれている人でもデザインできていない人の方が多いのではないかと思わされた。顧客は感覚でモノを言うものだが、デザイナーもまた感覚で対応していることがほとんどだからだ。
根拠なきデザイン
よいデザインとは何かを考える時、まず思い浮かぶのは、悪評高い佐藤可士和氏デザインのセブンイレブンの「コーヒーマシン」である。
「コーヒーメーカー デザインの敗北」でのGoogle画像検索結果
ここには良くも悪くも、一般に考えられているデザインの何たるかが体現されている。
“デザイン”にセンスや芸術性は不要〜中略〜デザインは”機能的必然性”があって初めて成り立つもので、”機能”の延長線上にあるもの〜中略〜”いいデザイン”とは、あくまで見る側、使う側の視点に立って設計されたもの
機能なきデザインはデザインではない。我々は必ずそこから出発しなければならない。皮肉を言えば、先のベタベタ貼られたテプラは、ある意味デザインである。つまり、人にわかりやすく情報を伝えようとする行為は、確かにデザインの基本なのだ。
陳腐な感覚を捨てる
アートにおける言葉が軽視されているように、デザインにおけるそれもまた大いにないがしろにされている。「なんかいい感じ」、あるいは「なんか変」。このレベルでこねくり回されるデザインはデザイン未満と言うべきだ。
「デザインとはコンセプトを基本に考えていく」こと〜中略〜コンセプトとは”全体を貫く基本的な概念”
なぜその色を、形を選んだか。それを突き詰めると、ある一つの必然的なデザインが浮かび上がってくる。たとえば高層ビルは、限られた土地という条件のもとに最大効率という目的が組み合わさって生まれた必然的な形態であろう。
人を説得するデザイン
大企業のコンペならいざしらず、中小企業で顧客にデザイン案を送る時、説明の言葉を添える人はまずいない。
対外的な営業もデザイナー自身も、何の説明もない。それはつまり、ハナから感覚でお話しましょうと言っているのと同義である。
コンセプトに沿っているということ、あるいは整合性の取れたデザインにするということは、言い換えれば「全ての要素について選んだ理由を説明できる」ということです。
コンセプトがないデザインのなんと多いことか。だから顧客の意見に振り回されて、デザインは意味なく二転三転する。
そしてお互い右往左往して、ほどほどに疲弊してきたあたりで完成、となる。だれのための、なんのためのデザインか、誰も知らない。
言葉のない、説明のない、その日の気分よろしく曖昧な感覚で作られたデザインは不幸だ。