会社員の苦しみと、これから。

office workers

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あちこちにフリーランスになりますと言って回っている。

上司や同僚は、まあ、こんな時代だからいいんじゃないというようなことを口では言うが、仕事を依頼するかどうかはまた別の話だと、言外にそこはかとなく伝えてくる。

初めはその冷たいというか、ビジネスライクな空気に恐れ慄いた。しかし一晩寝て起きてみると、誰かを勝手に当てにして頼ったって仕方がないという気がしてくるのだった。なんのための独立か。ツテやコネで、仕事をもらえようがもらえまいが、どうでもいいではないか。そこがだめでも、どこかあるし、何かある。

会社員ではない生き方

これから独立して、フリーランスとして生きることを考えると、自然、対比的に会社員とはなんであったのだろうかと考える。

十年以上、企業という組織に属して糊口をしのいで来たわけなので、それなりに思うところはある。たぶん、会社員の苦しみの最たるものは、どこまでも組織の中のひとつの歯車でしかなく、すべての仕事が他人ごとでしかない点にある。

むろん、ある企業に属して、その業種、職種を愛していて、そして与えられた仕事に情熱とやりがいを持って取り組んでいるような人は別だ。しかしそんな人は稀で、ほとんどすべての人は歯車として働いている。

だからこそ関心事のほとんどは、給与や労働時間といった仕事それ自体ではなく、付随的なことに収斂される。本当はそれらは些末なことで、仕事の本質はもっと別のところにあるのではないか。

今まで何をやってきて、これからどうするのか

いわゆる中年の危機かもしれないが、思う。WEBデザイナーとして、どこの会社に行っても、仕事は似たりよったりで、しばらくすれば文句が口をつき、会社への嫌悪感もむき出しになり、そしてデスクに8時間座っていることが仕事のようになる。実際、その繰り返しで今日まで生きてきた。それがとても虚しいことであることにはっきりと気がついたのが、つい最近である。定年まで働くとすれば、そんなことをあと二十年以上も続けなければならないことに絶望したのが、昨日、一昨日である。

思いついたが吉日という

独立しよう。フリーになろう。そう発作的に決意して、shintaku.comというドメインを取得しようとした。だが、すでに誰かが取っていて、やむなくshintaku.coという割高なドメインを取ることになった。そして今は日夜しこしこと、このWEBサイトを作っている。ここには、今までの私の経験のすべてが詰め込まれることになる。

もちろん、一応はWEBのプロフェッショナルなので、わかっている。現代、わざわざ大仰な独自ドメインを取ることにそれほどの意義はないし、SNSだけでも十分だったりする。制作コストをかけて、自前のWEBサイトを持つ実質的な価値は、一昔前に比べれば明らかに目減りしている。

それで今、むしろその価値は別のところにある。お金をかけて、オリジナルなドメインを取って、WEBサイトを作ることは、自他に対する決意表明として機能する。結婚式の価値の本質が、知人友人親類縁者への事実の周知であることにも似ている。

人は案外に自分のことを知らない

自前のWEBサイトを作り上げていく過程で、自分の目的や意識、決意やビジョンが自ずと問われる。自分のやろうとしていることは正しいのか。そもそも作る意味はあるのか。どうしたいのか。どうするのか――そこでつまづく場合も大いにあり得る。しかし、そんな自分の内的な問いに対し、ひとつひとつ真摯に応答しながら作り上げられたその時には、少なくとも自分の立脚すべき確かな足場だけは用意されるだろうと思うのだ。

記事カテゴリー: 仕事